シェフ帽とコックコートで正装を
近藤 先生は美食家としても、また旅好きでも有名で、世界各地で野趣あふれるものを召し上がっていますよね。
宇能 アフリカにライオンを撃ちに行ったとき、ウォーターバック(ミズレイヨウ)やシマウマ、ガゼルなどを食べました。珍しくはあるけれど、それほど美味しいものではなかったな。
近藤 苦手なものは。
宇能 化学調味料のような、人工的な味は嫌いです。最近は腎臓が弱ってきて、たんぱく質や塩分は控えめにしていますが、比較的何でも美味しくいただいていますよ。
近藤 このたび復刊された、食にまつわるエッセイ集(『味な旅 舌の旅』)によれば、本格的なフランス料理をご自宅で作っていらしたこともあったとか。
宇能 ダンスパーティで客人に料理をふるまうときは、プロの料理人と一緒に、僕も糊をきかせたシェフ帽とコックコートで正装をして、すべての料理の差配をしたものです。肉は暖炉で僕が焼くのですが、自分も踊るので、肉を焼いては踊り、踊っては焼いて忙しかったな。(笑)
近藤 なんて贅沢な!
宇能 生きることへの欲求というか、リアリティを求める気持ちが僕は人一倍強いのでしょうね。巨鯨との格闘を描くにしろ、肉を切り肉を喰らう美食にしろ、建築の美を追求することにしろ、すべては官能とつながっています。官能がなければ人生はつまらない。要するに「酒、女、歌」、これに尽きるのですよ。
近藤 だからこそ何年経っても古びない作品の数々を世に送り出し、今も生き生きとお元気でいらっしゃるのですね。その秘密の一端がわかった気がいたしました。今日は長年の夢が叶って、幸せなひとときでした。ありがとうございます。
宇能 こちらこそ、楽しゅうございました。ぜひ今度は食事でもご一緒に。近くの良い居酒屋にご案内しますよ。
近藤 嬉しい! 楽しみにしております。
宇能鴻一郎さん、伝説の食エッセイが復刊!
『味な旅 舌の旅 新版』中公文庫 定価946円(税込)
小樽から奄美まで、美味珍味を堪能しつつ列島を縦断。艶筆躍る美食紀行
*近藤さんとの対談の別バージョンも収録