川端康成さんとの思い出
直木賞を受けた直後、30代半ば頃の、こんな思い出もあります。編集者に銀座の文壇バーに連れていってもらうと、安岡章太郎さんや小林秀雄さんなど、それまで写真でしか見たことがなかった錚々たる方々がずらりと勢揃いして寛いでおられる。
席に着くと、和服姿の痩せた人がすーっと近づいてきて、僕の隣に座りました。なんと、川端康成さんです。びっくりして固まっていると、「赤坂のビブロスという店を知っていますか」と聞かれたのです。「はい」と答えると、「では一緒に行きましょう」。
ビブロスはディスコカルチャーの最先端をいく、ファッションデザイナーやクリエーターなど若い人たちが集う伝説の店でした。そこへ、川端さんが行きたいという。
考えてみれば川端さんは、かつて浅草の不良少女たちとの交友のなかから『浅草紅団』という作品を生み出しています。晩年になっても、そういう情熱や好奇心は失っていなかったのでしょうか。僕は、そこを書きたいと思いました。
和服で骨董を眺めている写真などから、川端さんのイメージを紡ぐ方も多いかもしれません。でも別の側面があると知ると、作品がさらにふくよかで厚みのあるものに感じられるのではないか。ですから、意外な一面を書いても、決してその人を貶めることにはならないと思っています。