五七五にすることでできること

折々に浮かぶのは人の句がほとんどだが、たまに自分の思いが五七五になることも。

ある夏、渓流に遊んだ。谷川へ行くには林道を歩く。林の中についている、舗装もされていない、ふだんは山仕事の軽トラックしか通らないような一本道だ。

道のへりから比較的緩やかな斜面を見つけて水辺へ下り、帰りはまたそこを上がって、元来た道を戻る。体は重いが、疲れるまで遊んだ満足と、ゆく夏を惜しむ思いを胸に。

足もとの地面に缶切りがひとつあった。飯盒炊爨(はんごうすいさん)などに興じ、私と同じく心ゆくまで夏の一日をすごした人が、落としていったのだろうか。

林道に缶切ひとつ夏終る 岸本葉子

人生のどの一日も二度とは来ない。慌ただしい日常の中では、たちまちに後ろへ流れていってしまう「あの夏あの日あの思い」を五七五にすることで、定着させることができる。

それは時を再び味わい返すよろこびとも言える。

※本稿は、『60歳、ひとりを楽しむ準備―人生を大切に生きる53のヒント』(講談社)の一部を再編集したものです。


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いくつになっても若々しい人の共通点は「これが幸せ」と言えるものを持っていること。60歳になれば、年金や住居など老後のための準備をすることはもちろん大事ですが、忘れていけないのが「心豊かに生きる準備」。老後の不安は尽きないけれど、だからこそ、自分の「好き」を見つけておきたい。名エッセイストで「NHK俳句」でもおなじみの岸本葉子さんが、旅や俳句、美容、暮らし方、トレーニングなどをとおして秘訣を教えます。