ばあさんばかりだから、バーレムだ

「スポーツジムは、自分で運転しなければ行けなかったけど、デイケアは迎えに来てくれるから助かる。車ないからな……」

私は父の口から、「車」という言葉が出ると、ドキッとする。車がないことを憂いているのは、「車があったら乗る」つもりなのか。想像するだけで恐ろしい。早く話題を変えなければと考えながら手を動かし、施設から持ち帰った着替えをバッグから取り出した。

すると、小さな紙パックの野菜ジュースが1個入っていた。私は驚いて父に聞いた。

「パパ、これ、いただいたの?」
「そうだ、誰か知らない女の人がくれた」

翌週は、キャンディーが一粒。違う日には、手作りの布製の靴入れをもらってきた。なかなかおしゃれなデザインで、私は早速父の室内履きをその袋に入れ替えた。デイサービス利用者の中に、父に好意を持っている人がいるのだろうか。

「パパ、毎回、プレゼントをもらうなんて、人気があるんじゃない? 同じ女性なの?」
「誰だったか忘れたけど、たぶん同じ人ではないな」

「顔を覚えてこないと、次に行った時にお礼を言えないでしょ。覚えてきてよ」

父は困った顔をしている。

「そう言われても、来ているのは女性ばっかりだ。みんな化粧をして、同じような髪形をしていて、誰が誰だかわからない」
「すごい! 女性ばっかりなんて、ハーレムみたいじゃない?」

興奮気味に言った私に、父はクールに答えた。

「いや、ハーレムではないな。ばあさんばかりだから、バーレムだ」

夕食を共にしていた義妹と二人で、爆笑した。

「バーレム、いいね! 大喜利なら、座布団1枚!っていう感じ」

私が褒めているのに、父は少し不服だったらしい。

「座布団2枚でないのか? 少ないな」

認知症はゆっくりと進行している父だけれども、ユーモアは残っているのが、私にはうれしい。父の人格の中の良い面を失わないように守るのも、家族の役割なのかもしれない。

(つづく)

◆本連載は、2024年2月21日に電子書籍・アマゾンPODで刊行されました