「僕は《舞台上を200パーセントで生きる》って言ってます。100パーセントはその役になり切って、100パーセントは冷静に自分をコントロールする。」(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続けるスターたち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第9回は俳優の加藤健一さん。生涯の代表作となった『審判』との出会いは、書店での一目惚れだったと語る加藤さん。耳に心地よい、大声ではないのに客席の後方まできちんと届くその台詞術にはある秘訣があるそうで――。(撮影=岡本隆史)

<前編よりつづく

そこに芝居があるから

加藤さんは齢70を過ぎてまた異なる一人芝居に挑戦した。『スカラムーシュ・ジョーンズor(あるいは)七つの白い仮面』。(ジャスティン・ブッチャー作)
20世紀最後の大晦日、道化師がおのれの人生を、仮面を剥がすように語り始める。

――《芝居者》の性でしょうか。そこに芝居があるから、8000メートル級の山に、単独登頂に挑む心境で上演します。こちらは2時間は切るんですが、途中にパントマイムが入ったりするうえに、トリニダード・トバゴだの、セネガルだの、クラクフだの、とにかく固有名詞が多くて。

あんまり腹が立つから数えたら150くらいあるんですよ。演出家に、「そろそろ台詞入れてくださいね」って言われて、「入ってはいるけど、出てこない」って、笑い話ですよ。やっぱり72歳だな、と思いました。

でも2年ほど前、息子(加藤義宗さん)に『審判』をやりたいから演出してほしいと言われて、演出しましたが、息子が喋ってても台詞がすぐ出てきました。さすがに239回、演じていますからね。

僕が演じたときはまだ若かったし、ショッキングな話を聞かせてやろうみたいな余計な色気があったせいか、気持ち悪いと言って途中で出て行くお客さんもいました。でも今読むと、もっと愛のあるあたたかい芝居にしたいな、と思って。そしたら息子のときは誰も出て行かなかった。