壮絶な介護の日々の始まり

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それでも担当医は繰り返し説得を続けた。しばらくして看護師らも部屋に入ってきて「大変なのはわかります。けれども奥さんならできるわよ。連れて帰ってあげてよ」と頼まれた。

(自分さえ我慢すれば……)

ついに妻は根負けする。

「わかりました。引き取ります」

その瞬間、部屋にいた全員が拍手をしたという。夫のほうにいき、職員が「旦那さん、良かったわね。家に帰れるわよ」と報告する。その時だった。夫が妻に向かって「ありがとうね」と言ったのだ。結婚して24年、夫からはじめて言われた「ありがとう」だった。

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封建的な人ですから、便まみれのストーマを交換しても「悪いな」とは言っても、「ありがとう」や「ごめんね」は言いません。その時はよほどうれしかったのでしょう。「ありがとうね」と言われて、私は「しょうがないわね」と答えました。

2日後の2019年12月はじめに、主人は自宅に戻りました。そして無事、最後となる年末年始を家で過ごせましたよ。主人と私、娘の3人で病人用のおせちを食べました。

そこから2020年の夏に亡くなるまでのおよそ半年間は、壮絶な介護の日々でした。

『実録・家で死ぬ――在宅医療の理想と現実』(笹井 恵里子/中公新書ラクレ)