茫然と黒い湯を眺める

詰んだな……。

上から目を凝らして黒湯を覗いてみるが、墨を溶かして煮詰めたような湯がそこに静かに在るだけだった。試しに湯に手を差し込んで底をさらってみるが、ちっとも見つからない。

茫然と黒い湯をただ眺めるが、開店時間までもう数十分しかない。熱さに悲鳴をあげつつ2人で湯船に足を突っ込み、手当たり……いや足当たり次第に浴槽の底を調べてようやく拾い上げることができた。

「黒湯の前では少しの油断もしてはいけない……」私は決意を新たにした。

ちなみに、汗でべっちゃべちゃになった後のお風呂は、体の内側から綺麗さっぱり汚れをこそぎ落とされるような爽快感で、自然と笑顔になってしまうほど最高だった。あのお風呂の気持ちよさは生涯忘れられないと思う。

汗まみれのTシャツの代わりに購入した、陽気なライオンが満面の笑みを浮かべる蒲田温泉オリジナルTシャツは、今ではいい思い出の一品だ。

『湯あがりみたいに、ホッとして』(著:塩谷歩波/双葉社)