「あ、これでしょうか」
〈ノーリス・アリア中央図書館〉という街の名を冠した図書館でした。
「地図で見るかぎり、四角い建物の中心に中庭があるようです」
「そこで間違いありません」
彼女は目を閉じました。
「その中庭に図書館の本を埋めたのです。祖母がそう言っていました。争いが激しくなってきたとき、図書館が焼かれて本が燃えてしまうかもしれない──そう危惧したのです。それで、街の人々は中庭に大きな穴を掘り、館内のすべての本を穴の中に埋めたそうです」
ベリーは息を呑みました。虫眼鏡で覗いた地図の上に、そのときの様子が浮かび上がるような気がしたのです。
「図書館には、この世に一冊きりしかないような古い写本などもあったそうです。祖母が言うには、あの図書館には、世界中のあらゆる時代に語り継がれてきた、すべての物語がおさめられていたと──」
「それで? その本は──その、中庭に埋めた本はどうなったのです?」
ベリーの問いに、彼女は首を横に振りました。
「図書館のあたりは占領区になったと聞きました。本を埋めたとき、たまたま誰かが市場に売れのこっていたオレンジを買ってきて、皆でオレンジを食べたあと、その種を本を埋めた中庭に蒔いたそうです。ずいぶんと沢山の種を蒔いたようでしたが、しばらくすると、その中のひとつから芽が出てきて──」
虫眼鏡を持つ手が少し震えていたかもしれません。ベリーはそれがレンズの向こうに見えているのか、それとも、自分の頭の中に中庭のオレンジの木が見えているのか分からなくなってきました。
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