ちょっとびっくりするのですが……未だに「親は最期まで、家で看るのが当たり前」と思い込んでいる、古臭い頭の方がいるんです。そういう方は、患者さんを他者に委ねるという発想そのものがありません。

このときは、さすがに私が、

「それはアンタがまちがっとる! お母さんたちの世代がしてきた苦労が尋常じゃなかったもんで、そうさせたらあかんちゅうことで介護保険ができたんやからね。お嫁さんはもう十分やっとるよ。これ以上は無理させちゃあかん」

と怒りました。

そう言われた息子さんはかなり戸惑っていましたが……。

お嫁さんがいる男性の場合、ここで選ぶ道は、たいてい、次のふたつです。

「自分の忙しさを理由に、結局、何もしない」か、「もうこれ以上、俺の大事な奥さんに、つらい思いはさせられない」と親御さんを入所させるために自分が動くかです。

私も男ですし、男性にとって母親というのは特別な存在ですから、「もう少し家で看れるんじゃないか」と施設への入所をしぶる気持ちはわかります。

これが父親に対してだとそこまでではないのですが、母親に付き添っているときの男性って、びっくりするほど優しいのです。

ヨタヨタした母親に自然に手を添えて、「はい、ここに座って」「はい、立ち上がって」「鞄貸して、僕が持つから」と実に細やかに、さりげなく気を遣います。そんな姿を見ていると、ちょっとジーンとくるのですが、同時に「あなた、嫁さんには絶対にそんなことせんよな」とも思ったりもするわけです。

大好きなお母さんをとるか、それとも大切なお嫁さんをとるか。共に大事な存在だけに、男としてはやっぱりジレンマです。

ただ、私としては、血縁者ではない分、お嫁さんを守ってほしいと思います。

だって、義理の親御さんに対して言いたいことが言えない、立場的に弱い人ですから。弱い立場の者を守るのが、人として基本じゃないでしょうか。

※本稿は、『ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(かんき出版)の一部を再編集したものです。


ボケ日和―わが家に認知症がやって来た!どうする?どうなる?』(著:長谷川嘉哉/かんき出版)

認知症の進行具合を、春・夏・秋・冬の4段階に分けて、そのとき何が起こるのか?どうすれば良いのか?を多数の患者さんのエピソードを交えて描いた、心温まるエッセイ。
人生100年時代、誰もが避けられない道知っていれば、だいたいのことは何とかなるもんです。認知症専門医が教える、ボケ方上手と介護上手。
イラストは、『大家さんと僕』の矢部太郎氏。矢部太郎さん描き下ろしのコミック版『マンガ ぼけ日和』も発売中です。