奇跡の一日

だが。このアンサンブルには、決定的に欠けているものがあった。

『孤独のアンサンブル-コロナ禍に「音楽の力」を信じる』著:村松秀/中央公論新社

それは、「観客」である。

いつか必ず、有観客でのコンサートを実現させる。それこそが、このとき集ったトッププレイヤー達と筆者らの誓いとなった。

そこからが大変だった。実現に至るまで、2年以上もの長い時間がかかることとなる。

「有観客コンサートを実現させたい」と叫び続けて1年近く経った2021年10月ごろ。「NHK音楽祭」の一環として演奏会ができないかと打診があった。担当者がたまたま、かつて筆者が制作していた番組「すイエんサー」のイベントを手掛けていた縁で、声をかけてもらえたのだった。

だが、立ちはだかったのは、スケジュールの壁だった。

すでにコロナ禍も落ち着きを見せ、クラシックのコンサートも概ね正常化へと向かっていた。超一流のプレイヤーであるアンサンブルのメンバーはみな、オーケストラや室内楽、教育などで日々きわめて忙しくなっていた。音楽祭の会場となる東京・渋谷のNHKホールも空きの日にちは限られる。

「明日へのアンサンブル」には出産で参加できなかった二人の女性奏者も合わせ、15名の奏者全員に、急ぎ連絡をとった。

たった一日だけ、すべての空きスケジュールがピッタリ合う日にちがあった。

それは1年後、2022年の12月1日。

各オーケストラの首席級、日本を代表する凄腕のトッププレイヤー15人が一堂に会する、あり得ないような有観客のコンサートが実現する。奇跡の一日である。