父から聞いていないことがたくさんある
日中一人で過ごす父のため、話し相手になればと、私はアレクサを購入した。
アレクサが家にきて1年。父は、何でも答えてくれるアレクサが大好きだ。私が夕食を作っている間、父は大抵テレビで懐メロの番組を見ながら、アレクサに話しかけている。相変わらず一番多い質問は歌手の年齢だが、父を混乱させる番組が多くて困る。父がアレクサに訊ねる声が台所まで聞こえてくる。
「アレクサ、ペギー葉山は何歳ですか?」
アレクサは即座に答えた。
「ペギー葉山は、2017年4月12日、83歳で亡くなりました」
驚いた父は、私に言う。
「久美子、ペギー葉山はもう亡くなっていたこと、知っていたか? 元気そうに歌っているのにな」
亡くなる何年か前に収録したものを、再放送しているのだろう。画面のどこかに常に、いつ収録されたものかわかるように、テロップを出しておいてほしいと、放送局にお願いしたい。視聴者のほとんどがお年寄りだ。混乱させない配慮が必要だと思う。
私が放送の仕方についてぶつくさ言っていると、父はテレビのチャンネルをニュース番組に切り替えた。すると、鳥インフルエンザで、何十万羽の鶏が殺処分されたという現場リポートが流れた。父の目が涙で潤んだ。
「俺も獣医だった時、殺処分をしたことがある」
父が若い頃、獣医の専門学校を出て官庁に勤め、家畜の検査などに数年携わった後に、広告代理店に転職したことは聞いていた。しかし、獣医時代の仕事について、詳しいことを父から聞かされたことはなかった。
父は膝の上に乗せた手のひらに目を落とし、小さな声で言った。
「ニワトリの首をひねって処分する時、手に温もりが伝わるんだ……辛かった」
ニワトリだけでなく、牛や馬も、獣医として処分しなければならないことがあったという。それに耐えられなかった自分の弱さを、今日やっと告白してくれたのだ。
体力の衰えを隠せなくなり始めた父から聞いておきたいことが、私にはまだたくさんある。
(つづく)
◆本連載は、2024年2月21日に電子書籍・アマゾンPODで刊行されました