素晴らしい解決策

そういうわけで、私の言葉を理解してくれない耳の悪そうな人に出会ったら、私は自然に遠のくことにしたのだ。

それにもしかすると、同じ人間で、同じ日本語という言語を喋る相手でも、通じない、という奇妙な現象はあるのかもしれないのだから。

距離というものは、どれほど偉大な意味を持つことか。離れていさえすれば、私たちは大抵のことから深く傷つけられることはない。

これは手品師の手品みたいに素晴らしい解決策だ。

そしてまた私たちには、いや、少なくとも私には、遠ざかって離れていれば、年月と共に、その人のことはよく思われてくるという錯覚の増殖がある。不思議なことだ。

離れて没交渉でいるのに、どんどんその人に対する憎悪が増えてくる、ということだけはまだ体験したことがない。

※本稿は、『新装・改訂 一人暮らし 自分の時間を楽しむ。』(興陽館)の一部を再編集したものです。


新装・改訂 一人暮らし 自分の時間を楽しむ。』(著:曽野綾子/興陽館)

夫、三浦朱門が亡くなってからはじまった一人暮らし。
誰もが最後は一人に戻り、一人を過ごす。
曽野綾子の「一人暮らし」新装・改訂版。