詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。夫が亡くなり、娘たちも独立、伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。熊本で、犬3匹(クレイマー、チトー、ニコ)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。Webオリジナルでお送りする今回は「指のささくれ足の深爪」。爪噛みの癖が抜けないという伊藤さん。ささくれのケアしているときに、ふと夫の事を思い出したそうで――。(文・写真=伊藤比呂美さん)
爪噛みの癖が抜けない。子どもの頃から、親や先生にうるさく言われていた。なぜ人はこんなに爪噛みをいやがるのか、昔から不思議だった。噛むのは自分の爪で、他人には迷惑をかけてない。みっともないと思うのは勝手だが、自分が思ってりゃいいことを噛んでる当人に押しつけてどうする?
この頃は、誰にも何にも言われない。それだけでも年取った甲斐があるというもの。でもそういうわけで、若い頃からマニキュアをしたことがない。するそばからはがし食ってしまうのである。
今あたしは、指にささくれができて、痛くて仕方がない。痛いだけじゃなくて仕事ができない。しょっちゅうこうなる。季節的なものかストレスか、原因はわからない。
それでささくれに傷用の薬を塗り、バンドエイドを巻いてゴムの指サックをはめるのだが、サックが指先の感覚を鈍らせるから、仕事にならないのである。
こないだエキバンという液体のばんそうこうを見つけた。粘着する透明な液体はまるでセメダインで、そういう匂いがして、ソッコー固まるのである。バンドエイドとサックよりずっと便利だが、なにしろあたしは爪噛みで、その固まったエキバンも、ついつい、ささくれごと噛み取ってしまって、さらに痛いことになる。