今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『編曲の美学 アレンジャー山川恵津子とアイドルソングの時代』(山川恵津子 著/DU BOOKS)。評者は書評家の中江有里さんです。

日本を代表する編曲家の黄金期から現在地まで

仕事の前、好きな曲を聴くのがルーティンだ。イントロが流れると気持ちが高まるから。イントロは作曲家ではなく、編曲家の仕事だ。

編曲は「作曲の何十倍何百倍は労力がかかる」と作曲家でもある著者は記す。音が鳴り始めてから最後まですべての音をつくるにもかかわらず、かつてはクレジットされないことも多く、買取契約なので大ヒットしても儲かるものではないらしい。

1980年代、多くのアイドルソングの編曲を手掛けた著者は「書き日」と呼ぶ集中したい一日を紹介する。まず夕飯のメニューを決めて前日に材料を購入しておく。当日、起きてから一歩も家を出ず、作業に集中。途中のブレイクが料理。どちらも「ないものを作り出す」作業というのが興味深い。

著者は高校時代、友人に「やらない?」と誘われて音楽を始めたが、人前でひとりで歌うのは嫌。そこで編曲という仕事を知った。

大学進学後、音楽制作会社でバイトしながら、人に使われる大変さや工夫を学んだ。本格的に音楽業界で活動し始めると、編曲家は男性ばかり。著者が作曲した曲でも、編曲は任せてもらえなかった。やがて同じ女性が歌う「アイドルソング」というジャンルで編曲家として花開いていく。

小泉今日子「100%男女交際」のエピソードを読みながら、YouTubeで曲を聴いた。ポップで柔らかい文章と曲のイメージが一致するのが面白い。文体は曲のアレンジと同じだ。

黄金期を経て90年代に入ると、アイドルソングは勢いを失っていく。フリーランスの職業作家はこの危機をどう乗り越えてきたのか? 年齢も性別も関係なく、若い世代に学び、常に挑戦者としての姿勢を持ち続けてきた。

編曲家という知られざる世界を言語化すると同時に、仕事のやり方の変遷と自分の好きなことを職業にしてきた矜持が装丁にもあらわれる。潔いほどピンクだ。