
婦人公論.jpから生まれた掌編小説集『中庭のオレンジ』がロングセラーとなっている吉田篤弘さん。『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』の「月舟町」を舞台にした小説三部作も人気です。
このたび「月舟町の物語」の新章がスタートします! 十字路の角にある食堂が目印の、路面電車が走る小さな町で、愛すべき人々が織りなす物語をお楽しみください。月二回更新予定です。
著者プロフィール
吉田篤弘(よしだ・あつひろ)
1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を手がけている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『金曜日の本』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『中庭のオレンジ』『鯨オーケストラ』『羽あるもの』『それでも世界は回っている』『十字路の探偵』『月とコーヒー デミタス』など多数。
第三話
証明写真(其の二)
あのときのカカの顔が忘れられなくて。
ブースから出てきて、わたしの顔を見るなり、「あっ」っと口を開けたまま呆然として──。
ああ、なんて綺麗な歯並びなんだろうって。
それだけじゃなくて、カカが着ていた、おかしくてかっこよくて、見たこともないような服にやられたの。いまここで声をかけなかったら、一生後悔すると分かっていたから、思いきって、「あの」と言ってみたわけ。
そうしたら、ほとんど同時にカカも「あの」って。急におかしくなって、二人とも笑っちゃったよね? どうしてだろう? このひとのことを昔からずっと知っているみたいってすぐに思った。
わたしも同じだよ。こんなことがあるんだなって。しかも、自分が住んでいる町の中で、こんな娘と出会うことがあるんだって。そういうのってすぐには信じられないから、本当を言うと、まだ信じてない。そのうち、きっと何か残念なことがあって、いつか落とし穴に落とされるんじゃないかって思ってる。だから、その前に作戦を立てておかないと。
✻
カカは作戦が好きなのだ、とククはかなり早いうちから気づいていた。
あるいは、お互いに自己紹介をしたとき、いつまでも話がとまらないくらい喋り尽くした中で、カカ自身がそう言ったようにも思う。
ククがカカに魅かれたのは、いくつかの理由があったが、自分にはまったく備わっていないと思われる「作戦を練る力」を、カカが誇示したのに感嘆したのが理由のひとつだった。
「噓をつかないことかな。二人の仲が長つづきする作戦」
カカがそう言ったとき、
(ああ、そうだよね)
とククが心から思えたのは、自分はこれまで誰かと仲良くなっていく過程で、「いくつも噓をついてきた」という自覚があるからだった。
それで、どうなったかと言うと、結局、ひとつもうまくいかなかった。
「噓」とまではいかなくても、上辺だけの共感を見抜かれ、
「ククみたいなひとのことを、八方美人って言うんだよ」
と冷たく断じられたこともある。