体力がないせいで就職できず文筆家になった<終電を絶対に逃さない女>さん。20代ながら、初老みたいな体に、次々と降りかかる謎の不調。病院でも原因がわからず、筋力がないので疲れやすい。そんな「虚弱な」日常をSNSでつづったところ、似たような体質な人から多くの共感が寄せられました。「21歳で身体にガタがきた」という著者のエッセイ『虚弱に生きる』から一部を抜粋して紹介します。
体育の呪い
今となっては習慣的に運動に取り組んでいる私だが、子供の頃は親にどれだけ言われても断固として運動を拒否していた。その最たる原因は、運動音痴だった。
それ以前に、身体を動かすこと全般に興味のない子供だった。
保育園では外で遊ぶ時間になるとみんなが一斉に解き放たれたかのように園庭の遊具を目がけて走っていく意味がわからず、毎日遠くなっていくみんなの背中を眺めながら一人でゆっくり歩いていた。
鬼ごっこやドッジボールも楽しさが理解できず、ひたすら一人で泥団子作りやパズルやお絵描きをしてやり過ごした。
小学校に上がると、運動に興味がないだけでなく苦手なのだと自覚した。体育の授業では何をやってもビリかビリから二番目だった。小三の時に跳び箱四段を飛べないのは私だけだったし、バスケットゴールの高さにボールが届きすらしないのも私だけだった。
体力テストでも反復横跳びだけは平均に近い回数だったが、それ以外は底辺だった。数値を覚えているのは、小学校中学年から高校三年まで変動のなかった五十メートル走十一秒と、ボール投げ七メートル、中高通して上がらなかった握力十九。
当然ながら、運動音痴の子供が学校で受ける屈辱は一通り経験している。団体競技では足を引っ張り、責め立てられ、チーム分けで疎まれ、個人競技では嘲笑され、先生にすら笑われ、運動会は恥晒し大会だった。