かつて日本には、城が2万5000~3万ほどもあったと言われています。「近くの城に関する資料を調べてみると、怪談や思わぬ物語の発見があるかも知れません」と語るのは、『生き屏風』で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞し、怪談イベントにも多数出演する小説家・田辺青蛙さんです。そこで今回は、田辺さんが日本全国の名城にまつわる怪談の数々を集めた『名城怪談』から一部を抜粋してお届けします。
芭蕉の精霊の謡
駿府城では謡曲「芭蕉」を決して謡ってはいけないとされていた。
「芭蕉」は、中国・楚の小水に住む僧が毎晩古寺で読経していると、女の姿に化けた芭蕉の精霊がやって来て世の無常を語るという内容の謡だ。
桶狭間合戦の出陣前夜、今川義元が駿府の館で「芭蕉」を謡った。
「山おろし松の風。吹き払い。花も千草も。ちりぢりになれば。芭蕉は破れて残りけり」
家臣の松田左膳は、夏の巨大な芭蕉の葉が冬には枯れつくす、植物の無常と世の無常をかけた謡は、出陣の前に不吉だと窘(たしな)めたが、義元は、たかが謡は謡ぞ、皆の士気を高めねばならぬ時に無礼な奴めと、左膳を手打ちにしてしまった。