60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。

 彼氏がいることは父には内緒だった。私はこっそり律夫のアパートに通い、やがて妊娠した。両親に妊娠と結婚について相談をすると、当然父は激怒した。
 ――無職の男との結婚など認められるか。
 子供を堕ろして別れろ、と言われた。
 一方、律夫は幼い頃に母を亡くしていた。父が再婚してからは家庭に居場所がなく、高校を卒業して家を出ると完全に縁は切れた。私が律夫に惹かれたのは彼の孤独に共感したところが大きい。
 結局、私たちは互いの親に認められることもなく、籍を入れて暮らしはじめた。
 佐々木蘭は私たちを笑った。わざわざ人生を台無しにする足枷(かせ)を手に入れて嬉しいの? と。私たちは彼女を無視した。幸福の絶頂にいたからだ。
私は大きなお腹を抱えてなんとか大学を卒業した。だが、子供は生まれなかった。死産だったのだ。父はこう言った。……それ見たことか、と。