厚生労働省の「認知症及び軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」によると、令和4年度の調査では、65歳以上の高齢者における認知症有病率は約12%と推計されたそうです。そんな中で「認知症になったからといって、その人の心まで失われるわけではない」と語るのは認知症医療の第一線に立ち続けてきた認知症専門医・繁田雅弘先生です。そこで今回は繁田先生の著書『認知症になって幸せな人、不幸せな人』より一部を抜粋し、優しく、大らかな認知症との「付き合い方」をお届けします。
あなた、どなた?
名前だけは絶対に忘れてほしくなかった
「本当に私が、わからないの?」と、何度も母に向かって叫びました。昨日までは、ニコニコと私の名前を呼んでいたのに。ほかのどんなことを忘れてもいい。でも、娘の顔や名前だけは、絶対に忘れてほしくなかった。
ときおり涙ぐみながら、そう話すのは、75歳の認知症の母をもつ51歳のキャリアウーマン。財布やカード、携帯電話や鍵などを何度もなくす、同じ食材を何度も買ってくるといった症状はあるものの、普段の会話は成り立ち、簡単な家事もこなしていたというお母さん。ところがある日、突然、「あなた、どなた?」と言われて、大きなショックを受けたと言います。
認知症になった人の家族にとって、最初の恐怖が「名前を忘れられる」ことなのかもしれません。昔から、映画やドラマでも、認知症を描く場合は大抵、「お前、誰だい?」といったようなやりとりが出てきます。認知症=家族のことがわからなくなる、というのは常套手段で、確かにドラマティックです。でも、私はこれが認知症への偏見を助長したのではないかと思っています。
医師からすれば、認知症がすすむスピードはもっと緩やかですし、だいたい、認知症でなくても、歳をとれば人の名前を間違えたりすることが増えてきます。名前や顔を忘れてしまうから「認知症は恐ろしい」という印象だけがひとり歩きしていますが、もっと大切なことをご本人はわかっています。それをちゃんと引き出してあげようよ、といつも思うのです。