30代初めに出合った植物学の本に魅了され、コツコツと訳し続けてきた翻訳家の小川洋子さん。紀元前の書物をひもとき、自らも植物を探究してきた情熱の原点とは――。(構成:和田秀子 撮影:福森クニヒロ)
「花冠」は古代の生活必需品
私は古代ギリシアの哲学者・テオプラストスが書いた『植物誌』の翻訳に50年ほど夢中で取り組んできました。家族との時間を優先した日々もそれなりに長くあり、全9巻を訳し終えた時には82歳でした。(笑)
皆さんは、「古代ギリシア」に、どのようなイメージをお持ちでしょうか。『植物誌』が書かれたのは日本の弥生時代、約2300年前のことです。
文化の中心地であるアテナイ(現・アテネ)にアリストテレスが創設した学園リュケイオンには、真理を探究しようとする若者たちが集っていました。そこでテオプラストスが講じた、植物学の講義録が『植物誌』なのです。
テオプラストスは、「万学の祖」と呼ばれるアリストテレスと出会ってから、常に行動をともにして研究した友であり、その哲学と学園の後継者でした。200冊以上の本を書いたと伝えられています。