家計簿は生きた証し
書棚の整理をしていたら、奥から37年前の家計簿が出てきた。長女が6歳、長男が4歳、次女が2歳の時のものである。中を開くと、米14kgで6700円、新聞代3300円、家賃5万4000円、国民年金と健康保険料が2万5400円などと記載されていた。
公務員だった私は、当時フリーターだった夫と所帯を持った。新婚の頃、家事一切を引き受けていた私が、一日10時間働いていた日があったのに対し、家のことを何もしない夫は4時間しか働いていなかったのを覚えている。
最初の子どもを流産した時、空を見上げたら、鳥が飛んでいた。「鳥のつがいは、一羽が巣に残って卵を抱いている間に、もう一羽が外でエサを探し、二羽で必死にひなを育てているんだな。私もそうしたい」と退職を選んだ。
その後も子どもを授かり、父親の自覚が出た夫は、夜が明けぬうちから布団を出て働くようになった。「今の自分の仕事は、子育てとやりくりだ」と思った私は、夫より早く起き、赤ん坊をおんぶしながら弁当づくりに励んだ。
夫は社会保険もボーナスもないような勤め方だったから、家を買うなんて夢のまた夢で終わるだろう。そう諦めていた。でもどこかで「ひょっとしたら」という思いもあり、家計簿だけは欠かさずにつけるよう心がけた。
やがて子どもたちの手が離れた頃、夫は正社員になり、私はパートに出るようになった。長女が中学生になった年、男の子と女の子を別々の部屋で寝かせてあげたいと、新築一戸建てを購入。でもいつローンが払えなくなって、手放すことになるかわからない、と毎日懸命に掃除していた。
完済は無理かもしれない、と思ったことは何度もあった。しかし古希を迎えた年、何とか払いきることができた。
振り返れば、結婚する時も、家を購入した時も、公務員一家である身内からは強く反対されたように思う。でも心から本当にしたいことに懸命に向き合っていると、自然と周りの人が助けてくれるようになる。
それに人生とは、そもそも計画通りにならないものだ。であれば、結局「やりたいことをやっておいてよかった」と、のちのち感じるのではないだろうか。家計簿は、やりたいことを選んだ私が、懸命に生きた証しだ。