(写真:stock.adobe.com)
徳川慶喜家の第四代当主である叔父・徳川慶朝に託された、歴史ある慶喜家の「墓じまい」と「家じまい」。第五代当主となった山岸美喜さんがXに投稿した「家じまい(絶家)」宣言は、大きな話題となりました。〈アンクル〉と呼び親しんでいた叔父の「家じまい」への思いを受け継ぎ奮闘した8年と、家族や慶喜公について綴った山岸さんの著書『葵の紋を継ぎまして。』より一部を抜粋して紹介します。

沈黙は正義でしょうか

家のことが周りに知られると面倒なことになるので、徳川家との関わりをほとんど人に話さずにいました。

旧姓も徳川という名字ではなかったので、自分から話さなければ誰にも分からないですし、当主は祖父だったり叔父だったりしたので、あまり出過ぎたことをすべきではないという感覚を持っていました。

歴史の授業は当然、受けていますが、「自分のご先祖様」と頭では分かっていても、家族と結びつけることはしませんでした。

特に子どもの頃って、ちょっとした特徴でからかわれたりしますし、そもそも、まず徳川慶喜が自分の先祖ということを信じてもらえないですから。

家がもたらす生きづらさ……のようなものがあることからも歴史に対しては一定の距離感が生まれていました。

教科書の歴史はあくまで教科書の歴史。家の歴史とは違うもの。

そんなふうに受け止めていたように思います。

 

《徳川慶喜家の家系図》(図を拡大)(画像提供:『葵の紋を継ぎまして。』/KADOKAWA)