
第三章 歯車
歯車が狂う、とはよく使われる言い訳だ。
自分たちに落ち度はないのに勝手に上手くいかなくなった、という責任逃れの言葉に過ぎない。歯車が狂う予兆は必ずある。ただ、気付かなかったか、気付いていたのに無視しただけのことだ。
あの頃、私は浮かれていた。翼などないのに美しい空を見上げ、今は飛べないけれど大丈夫、いつかきっと飛べるから、と感じていた。そんなふうに浮かれて舞い上がった私は気付かなかった。だが、気付いていた者はいた。つまり私の落ち度なのだ。
週に一度、ベーカリーカフェの仕事帰りに父を見舞う。
担当医の話では、もうできることはなくただ死を待つのみであるとのこと。点滴と酸素吸入で命を繋いでいるだけだ。父はゆっくり死ぬのか、明日死ぬのか、それは誰にもわからない。だから私はただ待っている。今はもう父の死を願っているわけではない。
夏から秋へ、秋から冬へ、季節が移り変わるように父も移っていくだけ。そんなふうに父を送れたらどんなにいいだろう。私はいまだに父を許すことができない。私に向けられた軽蔑や憎悪はいい。だが、霧と麻子への暴言は許すことができなかったのだ。
*
二〇二五年 七月(1)
霧と結婚する際、一番問題になったのは父のことだ。霧は父が施設を拒否していることを知っていたので、こんな提案をした。
「君と二人だけで暮らしたいのは山々だが……君のお父さんも引き取って一緒に暮らすしかないと思う。もちろん、望めば麻子ちゃんもだ」
寛大な申し出だった。
「ありがとう、霧さん。でも、父と一緒に暮らすのは無理だと思う。……だから、思い切って今度こそ施設に入ってもらうつもり」
「でも、君のお父さんが承諾しないだろう」
「今まではそうやって従ってきたけど、今度こそ父を説得するから」
「わかった。でも、無理だったら引き取ろう。俺に気を遣う必要などないから」
「ありがとう、霧さん」
私は深く頭を下げた。これで父への対処は決まった。次に、麻子と話をすることにした。
