ゴダイゴのリードヴォーカル、作曲を担当するタケカワユキヒデさん(撮影:木村直軌)
「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「ビューティフル・ネーム」「銀河鉄道999」――世代を超えて愛される楽曲の数々を世に送り出してきたゴダイゴ。結成50年を迎えた今も精力的にライブ活動を続けています。リードヴォーカル、作曲を担当するタケカワユキヒデさんにとっての50年とは。(構成:篠藤ゆり 撮影:木村直軌)

前編よりつづく

乗り越えた「日本語じゃなきゃダメ」

小さい時から僕が夢中だったのは洋楽で、アメリカのヒットチャートでナンバーワンを取るのが目標でした。高校の時から英語で歌詞を書いて曲を作っていたけれど、外国に行ったことも、外国人の友達もいないので、どうも、英語に自信がない。そこで本格的に英語を勉強したら、東京外国語大学の英米語学科に入ってしまった。

一応、英語で曲を作る理由のようなものを手に入れたので、英語で歌っているデモテープをレコード会社に持っていくと、「君の曲、どれもかっこいいね。でも日本語でやろうね」と言われてしまう。

自分のやりたい音楽は日本では無理なのかなと思っていた時に、音楽出版の仕事をしていたルーマニア生まれのジョニー野村さんと出合いました。彼は僕の曲を聴いて、「いいねぇ、一緒にやろう。いい音楽なら、何語でもいいよ」と言ってくれた。

そして、アメリカのバークリー音楽院に行っていた、元「ザ・ゴールデン・カップス」のミッキー吉野を紹介してくれることになったんです。

その後、ミッキーは僕の最初のソロアルバムを手伝ってくれたんですが、レコーディングが終わった後で、寺尾聰さんのアルバムを作るためにハワイに。そして、その間、僕のアルバムを寺尾さんと一緒に何度も聴いたらしいです。

その結果、すっかり僕のアルバムを気に入ってしまった寺尾さんが、「ミッキー、絶対こいつと一緒にやるべきだよ」と言ってくれたそうで、そんなこんなで、そこからゴダイゴになっていくわけです。