イメージ(写真提供:Photo AC)
身近な人に看護・介護が必要になったとき、みなさんはどこに相談しますか?
総合的な相談先として、主治医の所属機関を問わず、活用できるのが「訪問看護ステーション」です。
その地域に開かれた独立した事業所である「訪問看護ステーション」に、黎明期から関わり、自ら起ち上げた「桂乃貴メンタルヘルスケア・ハートフル訪問看護ステーション中目黒」で、自分自身も看護に当たるのが渡部貴子さん。
自らの経験を元に、介護や看護で困っている方への質問・疑問に答えてもらうのがこの連載です。第37回目は、「朝ドラ『風、薫る』で注目、100年前の訪問看護」についてです。
(構成:野辺五月)

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1. 朝ドラの1シーンが教えてくれる「家で暮らす」ということ

放送中のNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)『風、薫る』で近代看護の発展に尽くした主人公2人の人生が描かれています。最近は、思わず看護師としての自分の原点と重ね合わせてしまうことがありました。今回は看護や訪問看護の発展について書いてみたいと思います。

『風、薫る』の舞台は明治時代。主人公の一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)が、正規に訓練された看護婦として社会に看護を根付かせていくために奮闘する姿が描かれています。当初は病院で働いていたりんと直美ですが、物語後半になると直美は派出看護の会を立ち上げ、りんも一緒に働くようになります。

りんや直美が患者さんのご自宅を訪ね、患者さんに優しく声をかけるシーンがあります。何気ない日常の1コマに見えますが、実は「病気になったら病院に行く」のが当たり前だった時代から、「住み慣れた家で暮らし続けるのを支える」という思想への転換を象徴する、非常に大切な場面です。

看護婦は病院内で患者さんを看るだけでなく、退院後の暮らしやご家族の生活にも目を向け始めたのです。その第一歩を踏み出したのが、明治時代に西洋看護を学び、派出看護婦会などで在宅・地域医療に尽力した鈴木雅(すずき・まさ)さんという先達です。『風、薫る』の大家直美のモチーフとなった人物です。

当時は「病気になれば病院に入院する」ことしか選択肢がなかった時代。その中で鈴木さんは「病院に来られない貧しい人や、自宅で苦しむ人たちの元へ自ら出向く」という情熱を胸に、街へ、そして患者さんの家庭へと飛び出していきました。

『風、薫る』の劇中でも、主人公たちが簡素な民家の畳の上に座り込み、病状を看るだけでなく「普段はどう過ごしているのか」「食事をとれているか」と、その人の生活丸ごとに寄り添う印象的なシーンが描かれます。

看護の祖であるナイチンゲールもまた、「人は自宅でこそ元気になれる」という言葉を残しています。病気を治すことだけが医療ではなく、その人が生きている「生活の場」そのものを整え、支えること。朝ドラで描かれる訪問シーンには、看護の本来の原点が凝縮されているのです。