華やかな生活を夢見る彼

元夫がタクシー運転手になって10年。彼は独立した。会社に勤めて一定期間無事故無違反を続けると受験できる、個人タクシーの試験に受かったのだ。

彼が独立に際して手に入れた中古のプリウスは、とても安かったがボロボロ。私を墓参りに連れていってくれた時に、墓地の駐車場で動かなくなってしまった。走行距離30万キロ超。相当な距離を走っているのだから、諦めるしかない。

彼は「車がないと仕事にならない」と嘆く。まったくその通りだ。駕籠かきが、駕籠を持っていないようなもの。私は、「これで買っておいで」と彼に金を渡した。

その昔、戦国時代の武将・山内一豊の妻は、「これで馬を買いなさい」とお金を渡したらしい。結果、一豊は戦でうんと手柄を挙げた。

私は生活費をもらっていないのだから、一豊の妻とは立場が違っている。でも、個人タクシーの事業がうまくいけばもっと稼げるはず、と彼は言う。会社員時代は売上げの半分が会社の取り分だったけれど、個人になったら収入が倍になる。毎年海外旅行に行こうとか、毎月温泉に行くのだとか、華やかな生活を夢見る彼。

私もともに夢を見た。きっと車のお金も返してもらえるだろう。そして、今までの恩を私に返してくれるだろうと期待が膨らんでいた。

新車を買うにはお金が少し足りない。そこで手に入れたのが、比較的新しい中古のクラウン。彼は再び墓参りに私を連れていってくれた。駐車場に停めたクラウンはピカピカだ。もちろん、帰る時もちゃんと動いた。