ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は2025年1月号に掲載された「現実を前に」。2024年11月に行われたアメリカ大統領選挙で、共和党のトランプ氏が当選しました。1月20日に就任式が行われ、第47代大統領に就任。今回の選挙結果に対して、スーさんが感じたことは――
なにも手につかなくなって
11月6日朝、アメリカ大統領選挙の速報が入ってきた。
速報は速報でしかなく、勝敗を分けるのはスウィングステートと呼ばれる7つの州で、すぐに決着がつくものではないと頭ではわかっている。しかし、想像をはるかに超えるスピードで赤く染まっていくアメリカの地図の画像に生気を吸い取られ、気もそぞろになった。意欲と集中力が著しく低下しているのがわかる。
夕方になるにつれ、悲惨な結果が現実として迫ってきた。ニュースの見出しには、トランプが勝利宣言をしたとあった。記事は読まなかった。以降、なにも手につかなくなってしまったことに我ながら驚く。自国の選挙結果よりダメージを受けている。
経済をはじめ、アメリカの状態が芳しくないことは知っている。この4年で民主党の政策が庶民に生活向上の実感を与えたとは言い難く、分断が強まっていることも把握している。都会に住むリベラルが、ひどく嫌われていることも知っている。レベルは異なるが、日本でも同じような傾向はある。
それでも、34件の刑事裁判で有罪評決を受け、連邦議会議事堂襲撃事件を誘発したとして一度は起訴され、移民は犬を食べていると嘘を吐き、人工妊娠中絶の禁止を州ごとに採用する政策に反対しない人物を、国民が実質的な直接選挙で大統領に選ばんとしている事実に打ちのめされた。
非現実的な理想論と揶揄されようが、やはりすべての価値の最上に人権の尊重があると私は信じている。残念ながら、現実社会はそうはいかない。なんでもかんでも経済が最優先だ。本音と建前のせめぎ合いだからこそ、超大国のトップには相応(ふさわ)しい人物像があると思うのだ。絶対に外してはいけないタガというものがあるから。