(2)老化・勤続疲労
生き物だって、年を取る。水中の生物は、陸上のものより得てして寿命が長いのだが、それでも老化は避けられない。「寄る年波には勝てぬ」っていうぐらいだ、魚だって年寄りを若い者と一緒に飼っていては、餌の取り合いに負けてしまう。
また、老化まではいかなくとも、水槽に入っていると“勤続疲労”のような症状が表れることもある。野生のままの姿を保とうとしても、飼育下では限界があるからね*。特に、魚においては背骨が曲がったり、目が白く濁ったりすることが多い。生存に問題がなければ飼えるんだけど、痛々しい見た目になってしまうと、お客さんが心配するんだよね……。
だから、時にはバックヤードに、ご隠居さんのような生き物が控えていることがある。幾多のお客の目を楽しませてきたまさに“歴戦の猛者”だ。ひとりでに頭が下がる。
*学者として、正確なことを言わなければならない。
自然界で変形した生物が滅多にいないのは、そんな生物が出現しないからではなく、たとえ生まれても生存競争に敗れて死んでしまうからだ。だから、水族館で目が濁った魚がいても、「飼育しているせいだ!」なんて悪く言わないでね。むしろ、自然界では死んでしまうようなハンデのある魚も、丁寧に飼ってあげているところなのだから。
(3)水槽自体のコンセプトの変更
先述の企画展・特別展は、期間限定であると言ったね。そう、これらの展示が終われば、そこで華々しくお目見えしていた生き物も、あえなく降板だ。
また、常設展の方も、水族館の方針でコーナー自体のコンセプトが変わることがある。そのときは、コンセプトに合わなくなった生き物を泣く泣く回収する必要が生じる。上記の2パターンと違って、降板したのはまだまだ元気な子たちだから、虎視眈々と再度のデビューを狙う……。
ちなみに、降板・引退した生き物は、全員バックヤードでのんびり余生を過ごす……なんてことはない。なんとほかの生き物の餌として使われたり、あるいは検体として研究に回されたり……という運命をたどることもある。実に栄枯盛衰、諸行無常を感じる。だが、博物館の中で唯一“生き物”を展示する施設が水族館や動物園なんだ。これこそ、「最後まで命の面倒を見る」ってことだと思わないか?
※本稿は、『水族館のひみつ-海洋生物学者が教える水族館のきらめき』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『水族館のひみつ-海洋生物学者が教える水族館のきらめき』(著:泉貴人/中央公論新社)
水族館は、発見の宝庫だ。
日本全国の水族館の「表」も「裏」も、「酸い」も「甘い」も知り尽くした海洋生物学者が、水族館の真の魅力を解説する。
水族館が100倍楽しくなること請け合いだ。




