9月14日放送の大河ドラマ『べらぼう』では、足軽から成り上がって大成功して周りに嫉妬され続けた田沼意次が亡くなった。彼を目の敵にしていた老中・松平定信は市民に対して、田沼の葬列に石を投げることを許可したのだ。松平、それはひどいって!
きっと彼は、死んでもなお田沼が羨ましく、その影に囚われていたんだろうと思う。

嫉妬の取り扱いは、時に危険だ。
羨ましいと思うこと自体は悪いことではないけれど、正義を隠れ蓑にして攻撃したり、匿名で安全なところから石を投げたりする方たちには「これは自分に関係あるのか? 嫉妬なのに正義のフリしてないか?」と、どうか冷静になっていただきたい。また、誰かに石を投げる前に、喰らった人間がどれだけ傷つくかもう少し想像力を働かせてほしいと切に願う。

「くそー、羨ましい!」と嫉妬を自覚したのなら、それを糧に努力して成長したいものだ。

「出る杭は打たれる」とも言うが、私は打ちようがないくらい出すぎる杭になって「あいつは特別だ。仲良くなっておくといいことありそう」と村の人が手のひらを返してチヤホヤしてくるまで頑張りたい。

そして、あんなスキャンダルがあっても、あの塩顔イケメン俳優の供給量だけは、どうか減らないでくれ! と祈っている。

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“不倫バッシング”など、芸能スキャンダルの裏に潜む「嫉妬の快感」。著者・斉藤ナミさんと、婦人公論.jp 池松潤が、嫉妬を成長の燃料に変えるヒントを探ります。連載「嫉妬マニア」では語りきれない「嫉妬の辞書」もぜひこちらでご覧ください。
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まだXがTwitterだったころ。フォロワーを1000人の大台に乗せたいと思った私は、怪しいサイトから〈ポチ〉して買った