こうして順調に結婚式の準備が始まりましたが、間もなく先代が途方もないことを言い出しました。

実は先代は悳次の母である妻美代を数年前に病で亡くし、その後親しくしている女性がいました。その女性との再婚の式を、私たちの結婚式と同じ日に同じ日枝(ひえ)神社で挙げるというのです。あまりに思いがけない提案でしたが、私も悳次も抵抗しても無駄なことは分かっていました。

当日、私は白無垢をまとい、悳次と三々九度を交わしました。けれど神主さんはそのすぐ後に、今度は大分年のいった新郎新婦のために祝詞(のりと)を上げることになったのです。内心は相当困惑しておられたと思います。

式の後、銀座の「東急ホテル」で披露宴を開き、私は先代がこの日のために腕を振るった振袖に着替えました。竜巻絞(たつまきしぼり)に若松をあしらい、ところどころに繍(ぬいとり)を施した先代ならではの独創的な振袖です。

悳次は、小柄で細身、目鼻立ちもぼけた私が着こなせるのか案じていましたが、意外に調和したようです。この振袖はずっと後に長男の嫁、そして長女がやはり結婚式で着ましたが、帯によって表情が変わり、着る者の個性を引き出すのは先代ならではの仕事と感じます。

披露宴には東京の主だった呉服関係者をお招きしていました。皆さん、もちろん、悳次と私の結婚式だと思ってお出でになったところに、いきなり「私たちも、今日、式を挙げました」と先代の再婚が発表されました。皆さん腰を抜かすほど驚いておられましたが、とにもかくにもこうして異例ずくめの結婚式は終わりました。

新婚旅行は瀬戸内の小豆島(しょうどしま)へ。当時、人気の新婚旅行先でした。そして東京へ戻って来た私たち夫婦には大きな大きな試練が待っていました。

 

九十一歳、銀座きもの語り』(村田あき子・西端真矢:著/KADOKAWA)