店を継ぐ
結婚と同時に私たち夫婦は先代から店を引き継ぎました。悳次は晴れて「むら田」六代目店主となった訳ですが、実はそうと落ち着くまでには人生を賭けたと言っても言い過ぎではないほどの厳しい一幕がありました。と言うのも、先代が、京都出身の後妻さんとともに向こうで新たなむら田を始めると言い出したのです。
この話が出た時、私も悳次もむろん耳を疑う思いでした。何しろこちらの店は知人の税理士さんに譲渡するつもりだというのです。つまり、先代は、息子には店を回していくことなど出来っこないと決めてしまっているのでした。
しかもその税理士さんがきもの好きの方ならまだしも、まったく趣味も知識もなく、店をだめにしてしまうことが目に見えていました。これはどうやっても受け入れることの出来ない話でした。
私たちは先代にかけ合い、何とか自分たちに店を継がせてほしいと訴えました。先代の意志は固く、はじめはまったく耳を傾けようとはしませんでしたが、私たちにもあきらめるという選択肢はありませんでした。
粘り強く二人で必死に訴え続けた結果、先代も渋々折れることになりましたが、ただ一つ条件がありました。
――あき子が必ず店に立つこと
もちろん、私は最初からそのつもりでした。けれど私を育ててくれた先代からこうして言い渡されたことは、やはり私の心にはかりしれない影響を与えたと思います。一生、店に立つこと。私もそう決めてしまいました。