人生はジェットコースターのように

私はケアマネに義母の様子を必死に説明し、助けを求めた。ケアマネは、「急いだほうがいいですね」といい、要介護認定に必要な「かかりつけ医からの意見書」取得のため、認知症専門病院を大急ぎで受診することになった。

初診日、義母だけではなく、実は私までも大混乱に陥っていた。世の中には、「未知のウイルスによる感染症患者が増加しつつある」というニュースがちらほらと出始めていた時期だ(後に、新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックとなる)。

実は義母の受診の数日前、警察署から突然入電し、東北のとある街に住んでいた実兄が、アパートで突然死したとの連絡を受けていたのだ。初めての場所に緊張した面持ちの義母を院内の待合室に残し、私は病院の外でケータイ越しに葬儀会社と兄の葬儀の打ち合わせをしていた。不思議なことに、悲しさは感じられなかった。

冷たい人間だと思われるかもしれないが、脳内がアドレナリンで満ちていた私は、無慈悲に次々とタスクをこなすモードに入っていた。思考もこれ以上ないほどクリアだった。頭のなかは8割が兄の葬式、そして2割が義母の介護認定で占められた。同時進行する、この上なく難解なタスク。

「気持ちで負けたら、そこで終わり」

私は診察室から出てくる困惑しきった義母の顔を見て、そう自分に言い聞かせた。人生は、突然猛スピードで進み出すジェットコースターだ。

結局、様々な検査を経て、義母は初期の認知症との診断を受けた。2019年11月初旬のことだった。

※本稿は、『義父母の介護』(村井理子)の一部を再編集したものです。

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