「白鳥さんはお友達が多そうに見えますが」
「仕事の知り合いばかりなんです。友人と言える付き合いはありません」
人当たりのいい霧に友人がいないというのは不思議だった。
「私もありません。たまに古い知り合いがメールを送ってくるだけ……」
表の戸が開いて客が入ってきた。初老の女性グループだ。口々に喋って俄に店内が騒々しくなった。夕食は近くのイタリア料理店を予約していて、それまでの時間潰しのようだ。
現実に引き戻された。家に帰って父の世話をしなければならない。
「私、そろそろ失礼しないと……」
私は席を立とうとした。でも、なぜか身体が動かなかった。自分でもわけがわからず、思わず途方に暮れて霧を見上げた。すると、霧もやっぱり途方に暮れた顔をしている。私たちはすこしの間、見つめ合っていた。
「これ以上お引き留めしてはいけませんね」
霧が呟いた。ふわふわ漂ってどこかへ消えてしまいそうな、ずいぶん非現実的な声に聞こえた。
「そうですね。家族が待っていますので……」
私の返事もやっぱり現実感がないように聞こえた。それでも、なんとか立ち上がった。
会計は霧がした。自分が誘ったからだと言った。仕事の経費で落とすこともできたが、知り合いの店らしいから恥を掻かせることもできず甘えることにした。
店の外に出ると強い西陽が射して、入る前よりかえって暑いほどだ。
「書き直して、原稿、またお持ちします」
メールで送ればいいだけだ。なのに、私はまた持参すると言ってしまった。
「お待ちしています」
霧の言葉は先ほどとは違って確かで力強く聞こえた。でも、日傘を差しているせいだろうか。日陰に建つひんやりとした蔵の土壁のようだった。
出典=WEBオリジナル
遠田潤子
作家
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。2009年『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベスト10』第1位、『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位に輝く。『冬雷』で第1回未来屋小説大賞、25年『ミナミの春』で山田風太郎賞を受賞。他の著書に『銀花の蔵』『イオカステの揺籃』『天上の火焔』などがある。
