「もう寂しさに耐えられない。君にそばにいてほしい。ずっとずっと……朝から晩まで一日中そばにいてほしい」
霧はぽつりぽつりと話した。永遠に止まない雨だれのように私を抉(えぐ)る。
「霧さん……」
「俺は心臓に持病がある。ずっと薬を飲んでいる。セックスだって綱渡りだった。もうよくなることはない。ステージが進んでいくだけだ。あと五年か十年か。それとも二、三年かもしれない。一人で死ぬつもりだったが……今は死にたくない」
ひゅうっと魂が冷えた。心が冷えたのではない。霧の魂に触れ、私の魂も冷えたのだ。
「俺の周りの人間はみんな死んでいく。君もそうなるかもしれない。……自分でも酷いことを言っているとわかってる。身勝手な望みだとわかってる。それでも……そばにいてほしい。死ぬまで俺と一緒にいてください。頼みます」
淡々とした口調はそのままに、霧が頭を下げた。そのまま動かない。これほど痛々しい懇願があるだろうか。
私は霧の手を取った。触れただけでかさかさと音がしそうだった。
「霧さん、頭を上げてください。私に頼まないでください」
「そばにいてくれるだけでいい。お願いします」
「お願いしないでください」
きっぱりと言うと、霧が恐る恐る顔を上げた。絶望的な眼で私を見る。
「お願いしたり、頼んだりしないでください。だって、私も同じことを望んでいるから。私は霧さんと一緒にいたい。朝から晩まで……霧さんが死ぬまで……」
冷静に、はっきりと言うつもりだった。でも、勝手に涙が溢れて声が詰まった。
「霧さんが死ぬまでそばにいる。私が霧さんを看取る。……結婚しましょう」
「いいのか?」
「ええ。私たち、もう一度結婚しましょう」
言い終わらないうちに、霧に抱きしめられた。力強くて、熱くて、でも、痛々しい抱擁だった。
「頼む。結婚してくれ」
天国と地獄。月並みだけれどこれ以上の言葉が出ない。
白鳥霧に結婚を申し込まれた日、霧が長くは生きられないことを知った。
出典=WEBオリジナル
遠田潤子
作家
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。2009年『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベスト10』第1位、『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位に輝く。『冬雷』で第1回未来屋小説大賞、25年『ミナミの春』で山田風太郎賞を受賞。他の著書に『銀花の蔵』『イオカステの揺籃』『天上の火焔』などがある。
