60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。


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 二〇二五年 六月(2)

 朗読劇で自信を付けた麻子は短時間なら一人で外出ができるようになった。図書館に出かけて資料を読んだり、取材に出かけたりするようになった。好ましい変化だと喜んでいた。
だが、父はひんぱんに外出するようになった麻子をいぶかしく思った。そして、たまたまリビングに置き忘れた麻子のトートバッグを漁り、中のファイルから先日の朗読劇のチラシを見付け出したのだ。出演者に麻子の名があるのに気付くと、父は激怒した。
「朗読劇だと? 私はなにも聞いてないぞ。仕事もせずに遊び回りやがって。無職の分際で。誰のおかげで飯が食えると思ってるんだ」
 自分にはなんの相談もなかったことに父は激昂し、食卓の上の介護食を唯一自由が利く左手で薙ぎ払った。味噌汁はこぼれ、粥と刻んだ野菜と白身魚の煮物が床に散らばった。
「でも、麻子がもう一度社会に出て行くため、新しい一歩を踏み出すために大切なことなんです」
「黙れ、口答えするな」