「お父さん、いい加減にして。白鳥さんに失礼でしょう」
もう我慢ができなかった。父に食って掛かると、霧が静かに言った。
「山際さん。今、あなたがおっしゃったことはすべて間違っている。一つだって正しいところがない」
「なんだと?」
父が口から泡を飛ばして怒鳴った。ストッパーを掛けた車椅子がぎしぎし揺れた。
「お辛い状況はわかります。だが、木綿子さんも麻子さんも人格を持った一人の人間で、自分の頭で考えることのできる大人だ。頭ごなしに言うのは間違っています」
「大人? まともに金も稼がん女子供のどこが大人だ。ここは私の家だ。私が住まわせてやっているんだ」
父は膝に掛けてあった毛布を剥ぎ取って地面に投げ捨てた。
「早く連れて行ってください」
私に言えるのはそれだけだった。病院の介護士たちは事務的に挨拶をすると、父を車に乗せて連れて行った。
私は家の前に立ち尽くしていた。きっと凄まじい顔をしていただろう。本当は父を黙らせたかった。二度と暴言を吐けないよう、人を傷つけないように……殺してやりたかったのだ。
出典=WEBオリジナル
遠田潤子
作家
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。2009年『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。『雪の鉄樹』が「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベスト10』第1位、『オブリヴィオン』が「本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10」第1位に輝く。『冬雷』で第1回未来屋小説大賞、25年『ミナミの春』で山田風太郎賞を受賞。他の著書に『銀花の蔵』『イオカステの揺籃』『天上の火焔』などがある。
