越冬しない海辺のクマ
1993年、広島・島根両県ではミズナラが豊作だった。そのため栄養状態が良く、冬眠の穴入りが遅れるクマがいた。1994年2月18日、追跡している西中国地方のクマたちの越冬状況を探るためにセスナ機で島根県の海岸部を飛んだ。浜田市周辺の町村には雪がなく、海まで4キロメートルほどの山林で1頭のクマの信号を捉えた。
若いメスグマからの電波は強弱があり、眼下の樹林帯の中を歩いているようで、翌日に車で追った。よれよれに曲がったヤブツバキ、緑の葉を付けた潅木、細い笹が密生した森を行くと、そのクマが茂みに隠れたところだった。
腐って、ぎざぎざになった大木の切り株の中に、このクマの寝床があった。
歯で咬み切って揃えたチュウゴクザサを敷き、色鮮やかな緑色のヒノキの葉が2枚、床面に敷かれていた。冬枯れした風景に鮮明な緑だけれど、なぜこれらを運んだのだろう。どうも数夜を過ごすために宿のようだ。真冬なのに寝たり起きたり、歩いたり。
これでは完全に越冬したとは言えないだろう。
広島県のクマ生息地から流れ出る太田川は河口部にデルタ(三角州)を形成する。この川は高低差が少なく、奥地の「安芸太田町加計で最高気温」が有名だ。
隣の旧戸河内町役場の山手では多数のクマが越冬した。越冬した場所はそのクマの故郷で、冬、春、夏を過ごす。秋にドングリ類が凶作だと他の場所に移動するが、豊作だとそこにとどまる。
役場周辺に「集落依存型」のクマが多くいたことを意味し、似たことが西中国各地で起こっていた。山間地では役場周辺が駆除地帯でもある。温暖化と母グマの駆除。これが現在の東北でのクマ問題をつくり出していそうだ。
気温が高い所や海辺に近い所では、クマが越冬に入る時期が遅くなる。
このことは東北の太平洋側でも同じだということだ。