母の介護から、私自身、多くを学びました。たとえば以前は街なかの段差を気に留めたこともなかったけれど、たった1段の段差が越えられない、エレべーターがないと上の階に行けない――ということを。見ず知らずの人の温かさが何度も身に染みましたし、人間、捨てたもんじゃないと心から思えます。

それにね、要介護2のときだったかな、母の同窓会に付き添ったことがあるんです。それまで毎回参加していたのに、「もうやめとくわ」と寂しそうに言ったので、「一緒に行こう!」と。

母ったら、大学時代モテモテで、山登りのときには、男子が交代で荷物を持ってくれて、頂上までずっと手ぶらだったんですって。知らなかった一面を見られたようで嬉しかったですね。

母は温泉が好きで、要介護5になってからも2回、二人で温泉旅行をしました。準備は大変でしたが、温泉に浸かったときの母の気持ちよさそうな表情は格別だった。思い切って行ってよかったです。私自身も、高校時代に夢中になっていたタップダンスを7年前に再開して、マイペースに楽しんでいます。

自分ではできない介助が必要になったら、暮らし方を変えることは前々から決めています。でも、今はできる限り一緒に、穏やかに暮らしたい。デイサービスから帰ってきた母に「今日も元気に帰ってきてくれてありがとう」と伝えると、表情がほころぶんですよ。

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