「自分の感じ方」が普通かどうかわからなくなる

他人と話していると、私たちは無意識のうちに、とても大事なことをしています。それが「基準合わせ」です。

たとえば何気ない会話の中で、

「それ、みんなそうだよ」

「いや、それはさすがに違くない?」

といった言葉を聞くことがあります。

このやり取りは単なる相づちのようでいて、実は重要な「基準合わせ」の核といえるものです。

「自分の感じ方はズレていないらしい」

あるいは、「これは修正したほうがいいことなんだ」という確認をしているのです。

人間は社会的な生き物ですから、自分一人だけで生きているわけではありません。感情も、価値観も、実はかなり他人とのやり取りの中で調整されています。ところが、「めんどくさい」を理由に人と話す機会が減っていくと、この基準合わせが起きなくなります。

・自分が今、気にしすぎているのか

・何か行動を変えないといけない状況なのか

・我慢が足りないのか

・逆に、無理をしすぎているのか

その判断材料が、どんどん消えていくのです。

本来であれば、

「それは普通だよ」

「いや、それは間違ってるよ」

という他人の一言で、簡単に整理できるはずのことが、宙ぶらりんになります。

そうなると、人は極端な方向に走りやすくなってしまいます。

たとえば、小さなことで過剰に落ち込むようになってしまう。

「こんなことで傷つく自分はおかしいんじゃないか」

「もっと強くならなきゃいけない」

そうやって自分を責め、必要以上に自己評価を下げてしまう。

逆方向もありえます。本当は辛いのに、

「これくらい平気」

「大したことない」

「みんなもっと我慢している」

と無理に自分に言い聞かせて、平気なふりを続けてしまう。

「めんどくさいから話さない」が続くと、人は孤独になるだけでなく、自分の感覚さえ信じられなくなってしまうのです。