筆者の関容子さん(左)と

『大地の子』の演出も栗山さんだった。過酷な労働からようやく解放された息子を、北京駅頭に佇んで待つ山西さんの姿が、すべてを物語っていた。

――「この子は本当の息子です」って台詞があったんですけど、「本当の息子」っていう言葉にどれだけイメージが込められるか、ということですね。つまり、この子は中国人か日本人かと問い詰められた時に、「本当の息子です」って答える。

国籍とかじゃなく「ほんとうの」というたった五文字の台詞に万感を込めて言ってもらわなきゃ困る、って。なんか俳優としての覚悟みたいなことを教わった気がします。

「戦時中の人に見えなきゃダメなんだ」とか、「役の人生を背負うことの責任と覚悟を持ってやってもらわないと困る」とか、「稽古場はその役の声を探す時間なんだよ」とか、もう宝石のような言葉をいっぱいいただくんです。

あの北京駅のシーンも、登場の4、5分前くらいから舞台の袖でずっと、「ここは北京駅」って思って、あの東京駅の吹き抜けみたいな所に人がいっぱいいて、その中に息子がいないかと思ってる父親の姿を思い描くわけですがね。

それで井上芳雄くんの陸一心(ルーイーシン)と僕の陸徳志が再会を果たすんですが、もうその頃は井上くんだと思ってない。多分向こうも山西とは思ってなかったんじゃないですかね。稽古中からずっと父と息子になり切っていましたから。