(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第54回は俳優の山西惇さん。さんまさんとの共演企画が定期的に続いていて、そこで学んだことがあるそうで――。(撮影:岡本隆史)

前編よりつづく

観客の予想を裏切る、という教え

その後、2001年、そとばこまちを退団する。その最初の舞台がなんと明石家さんまさんとの共演で、『七人ぐらいの兵士』。題名が何か笑える。

――生瀬さんとさんまさんがドラマでご一緒してた時期があって、その打ち上げで「さんまさん、舞台やらないんですか?」「お前が書くんやったらやるよ」っていう話になった。それで我々にも相談が来たんです。

これ、戦地に「わらわし隊」という慰問団が来ることになって、そこに兵隊たちが飛び入りで参加。それがめちゃくちゃ面白かったら日本に連れて帰ってもらえるというので、みんなで一生懸命お笑いの練習をする、という話なんです。そこで死んだ兵隊が七人〈くらい〉だった、という芝居でした。

このさんまさんとの共演企画は結構続いてて、2、3年に1本ずつ、今もやらせていただいてます。その間にうちには子どもが4人生まれ、そのたびにさんまさんに抱っこしてもらっているんですよ(笑)。

自分の中でさんまさんとの出会いは相当大きいですね。稽古はちゃんとやるんだけど、本番になると「稽古通りになんでやるの?」みたいな。「その場の空気があるやろ、これライブやねん」みたいなね。

 

『泣き虫なまいき~』で山西さんと共演した那須佐代子さんが、「笑いを取るのがとってもお上手で、そのコツは?」とのことでした。

――そうですか、那須さんがね。これもさんまさんから学んだことですが、観客の予想を裏切ることですね。まあ緊張と緩和ですが。「ああ、今日は何か贅沢したいなぁ。よし! うどん食おう」っていう(笑)。

ちゃんと裏切るためにはその前の――お笑いの用語でフリと言うんですが――伏線が大事。オチだけちゃんとしようとしてもダメで、そこまでをどれだけ引っ張っていけるか、お客さんがちゃんとついてきているなかで裏切らないとダメだよ、って教わりましたね。

いやぁ、さんまさんの芝居は毎日違いますから、本当にずいぶん鍛えられました。