(写真提供:Photo AC)
救急の最前線であらゆる精神疾患に向き合う現役精神科医である駒木爽先生。駒木先生は「医療現場の問題は正論だけで片付けられないし、精神疾患に無力感を突き付けられることも多い」と語ります。そこで今回は駒木先生の著書『精神科医おどおど日記――閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます』より一部を抜粋し、「精神科のきれいごとでは済まないリアル」をお届けします。

某月某日 当直24時:命を削る仕事

待ち合わせていた駅前のロータリーに英国製の高級車がゆっくりと入ってきた。運転席の窓が開くと、中から吉木康介がこちらに向かって手を振る。

「待たせちゃってごめん」

初期研修医時代の同期である吉木とは今でも年に一度、会食する。彼は5年前、関東の某県に自らのクリニックを開業した。今では仕立ての良いスーツを着込み、医局で一緒にカップラーメンをすすった(1)面影はもはやない。

「ずいぶんいいクルマ乗ってるな。おまえ、いつのまにか遠くへ行っちゃったな」

冗談めかして言いながら、店の暖簾をくぐる。私が予約したのは駅前のリーズナブルな小料理屋だったが、もう少し高い店でもよかったかと余計な気をつかってしまう。吉木は席につくと急に真面目な顔になって答えた。

「でもハンドルを握るたび、このクルマ十数台分の借金がクリニックの背後にのしかかってるってことを思い出すぞ」

内科のクリニックはそれなりに繁盛しているらしく、自らの給料も勤務医時代の3倍だという。それでもその高給は、従業員を雇い、経営の責任を負い、「もし自分が倒れたら借金だけが残る」というプレッシャーの対価ともいえる。

(1) 週に3回以上、病院に泊まっていた外科1年目、朝・昼・晩と検食を注文して食べていた。味はまずまずだが、1食300円と破格の安さが魅力だった。