2024年に小細胞肺がんを患った、解剖学者の養老孟司先生。2025年3月に再発がんが見つかり、現在も治療を続けています。そんな養老先生と、東大時代の教え子であり医師となった高野利実先生が、約30年ぶりに再会しました。そこで今回は、養老先生と髙野先生が東大時代の思い出やがんとの向き合い方などを語り合った『“幸せ”よりも “居心地”のよい生き方』より一部を抜粋し、お二人の考える「居心地のよい生き方」を対談形式でお届けします。
病気も死も自然なもの
高野 昔の子どもは、病気というものを、もう少し自然に受け止めていたのでしょうか。
養老 目の前にあったから、しょうがなかったですからね。
高野 現代では、病気も死も隠されています。30年前に『人体展』をやったとき、先生から、「人は死んだら隠すもの」という概念へのアンチテーゼとして、この展示の意味があるのだとうかがいました。今は、あのとき以上に死が隠されているように思いますが、どう考えたらよいのでしょうか。
養老 見たことがないのが当たり前の社会なんだよね。本当は、「見たことがなかった」ってことに驚かなきゃいけない。たとえば「ガザで子どもが100人死んだ」と聞いても、ピンとこないでしょ。数字だから。俺はよく、「現物を出しとけ」って言うんだけど。交通事故で「本日の死者数」を書くくらいなら、死んだ人を交番に置いときゃいいだろうって。現実って、そういうもんですよ。自分の前、そこにあるものであってね。