演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第55回は俳優の井上芳雄さん。『ミス・サイゴン』で共演した知念里奈さんと2016年に結婚。当時は不安もありましたが――。(撮影:岡本隆史)
ミュージカルと芝居の間で
2000年6月のルドルフデビューからわずか2年後に、『モーツァルト!』の主役に抜擢された。
――ルドルフ役を2年間演じている間は、周りからも「いいねいいね」と言っていただいていたので、これでいいんだと思ってたんです。
でも、『モーツァルト!』で主演をつとめることになると、歌以外のお芝居のところが全然できていない自分に気づいたんですよね……。
ミュージカルは音楽の力に助けられて、演技力が多少未熟でも、ある程度のレベルまでは持っていける――いや、実際はそれじゃダメなんですよ。僕自身、すごく頑張ってはいたけれど、本当の意味で高いレベルに持っていけていないことに、自分では気づいてました。
それで蜷川幸雄さんのところへ修業に行ったり、ストレートプレイに挑戦したりして。ミュージカルとお芝居の間で、長い間葛藤しましたね。
僕は福岡にいた高校生の頃から、文学座の『牡丹燈籠』で杉村春子さんを観たり、俳優座の『欲望という名の電車』で栗原小巻さんのブランチを観たり、デビュー後もオフの時はいろいろな芝居を観ていました。
ある時から井上ひさし先生のこまつ座の芝居をよく観るようになって。というのは、ほとんどが音楽劇でしたし、日本の歴史や人物について独自の見方で書いていらしてとても伝わりやすい。「日本のミュージカルはこれだ」という気がして、いつか出たいなと思ってました。
ある時、井上先生の新作の初日を観に行くと、劇場ロビーで初日乾杯をやっていらして、そこで紹介していただいたんです。「僕も同じ井上なんですが、いつかこまつ座に出たいです」って言ったら、「ぜひぜひ」と。その後本当にオファーをくださって。