常に本命以外にも6、7人の彼氏がいました

私の実家は、広島市内では結構有名な代々続いた呉服商で、父は呉服だけでは生き残れないと、飲食業も始めた経営者。意外かもしれませんが、子どもの頃から今までお金に困ったことはありません。小学校から高校まで通ったのも、ここに行っているなら「いい家の子」とされている、地元の名門一貫女子校でした。

その学校はとてもお堅くて、生徒手帳には「男女交際禁止」と書いてあり、髪形は二本のおさげ。そんななか、多分私は学校一の問題児でした。校則では、スカート丈は膝下15センチと決められていて、毎朝校門でチェックがあります。私は普段スカートをウエストで折って短くし、門を入る時だけそれを下ろすというのを毎日繰り返していました。

でもいい加減それがイヤになってしまって、ハサミでスカートをザクザク切ったんです。これならもうスカートを長くすることはできないでしょ? って。もちろん、買い直させられましたけど。(笑)

母はその事件を含めて、何度も学校に謝りに行ってくれましたが、校則違反や成績に関しては全然うるさく言いませんでした。母が私に日頃注意したのは、「靴を揃えるように」とか「お箸をちゃんと持ちなさい」とか日常の当たり前のことだけ。一方習い事には熱心で、日本舞踊からお琴、茶道、お花、バレエまで、たくさん習わせてくれました。

両親は、「いろいろあっても紗里は地元で専業主婦になるだろう」と思っていたみたいです。でも私は「恋愛依存症」だったので、18歳の時、つき合っていた年上の彼とともに上京してしまいました。その人は地元の有名企業の御曹司です。

広島を出たことがなかったので、「広島ではモテたけど、東京では通用しないかな」と思っていたのですが、意外なことに東京でも結局めちゃくちゃモテました(笑)。いろんな尊敬できる男性との出会いもあり……。一方、地元ではカッコよく見えていた彼は、親の仕送りをあてにして毎日麻雀ばかり。向上心もないことがわかると、途端に色褪せてしまって。あっという間に別の人に乗り換えました。

それも1人では満足できなくて、常に本命以外にも6、7人の彼氏がいましたね。めちゃくちゃ忙しかったです(笑)。話題になった相手もその中の一人でしたが、弁解をするとややこしくなりそうで、そのままにしちゃって。当時はロスに住んでいる実業家が本命で、遠距離恋愛中でしたから。