1940年5月に封切られた映画「暁に祈る」(写真提供:古関正裕さん)

難産だった「暁に祈る」

古関は映画でも戦時歌謡が主題歌になる作品では力を発揮した。昭和15年の春、陸軍省馬政課は、愛馬思想普及を目的として松竹映画「暁に祈る」を制作させた。そして、同名主題歌をコロムビアに依頼してきた。陸軍省馬政課は前年に「愛馬進軍歌」を各レコード会社から発売させており、流行歌の影響力に期待したのである。

ちなみに「愛馬進軍歌」は、陸軍省馬政課と農林省馬政局が歌詞を募集したものであったが、古関はその審査員を山田耕筰や西条八十とともに務めている。ヒット曲が出せなかった数年前では、考えられないことである。

「暁に祈る」の作詞は野村俊夫(ドラマでは中村蒼さん演じる村野鉄男)、作曲は古関裕而、歌は伊藤久男に白羽の矢が立った。三人とも福島県人という奇跡の顔ぶれが実現した。野村から第一稿が届くと古関が曲をつけ、伊藤が歌って軍関係者に聞かせる。だが、馬政課の陸軍中佐出水謙一が難色を示し、書き直しを依頼した。

その後も書き直し依頼は続き、7回目にしてようやくOKが出た。三人とも疲労困憊である。野村はもう作り直すのが嫌になり、「あぁーあ」と長嘆息したのが、歌いだしの歌詞となった。

暁に祈る
一、あゝ あの顔で あの声で
手柄頼むと 妻や子が
ちぎれる程に 振った旗
遠い雲間に また浮ぶ

二、あゝ 堂々の 輸送船
さらば祖国よ 栄へあれ
遙かに拝む 宮城の
空に誓った この決意

五、あゝ傷ついた この馬と
飲まず喰はずの 日も三日
捧げた生命 これまでと
月の光で 走り書

また妻金子が詩吟をやりはじめたのもよかった。歌いだしの「あゝ」にどう曲をつけるか悩んでいたところ、詩吟独特の歌い方がヒントとなり、メロディーが浮かんだのであった。前奏から迫力のある格調の高い勇壮さと哀切さが同居する曲調が出来上がり、それを伊藤久男が豪快に歌い上げた。

愛馬思想を目的にした歌であったが、野村が馬にこだわって作詞していないのがわかる。1番で出征する父と妻子との別れ、2番で父を乗せる輸送船、5番で軍馬が登場する。馬よりも戦地へ赴く家族との別れの方が印象に残った。だからこそ、この曲はヒットしたのだろう。昭和16年12月8日にアジア・太平洋戦争が始まると、出征する兵士と見送る家族とで「暁に祈る」を合唱する光景が見られた。
 

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