そこで私は改めて気づいたのだが、この時点で、私はまだ点滴とモニタに繋がれた状態だった。大部屋から脱出することに、仕事を予定通りなんとかこなすことに必死になるあまり、自分がその時まだ、点滴ポールを引きずったままの重病人だということを忘れかけていたのである。
「私だったらこんな患者、絶対に嫌だな」と感じて、急に恥ずかしくなった。点滴ポールを引きずりながら、部屋を移動してもいいですか、パソコンを使ってもいいですかと、早足で歩き回りながら次々と言う患者がいたら、私が医療従事者だったら呆れかえる。「あなた、そういう場合じゃないから」と思うだろう(絶対に思う)。
私ったら、なんて恥ずかしいことをしてしまったのだろう。いいかげん、冷静になりなよ。あまりの恥ずかしさに、思わず声に出して言ってしまった。そしてベッドから少し離れた場所に設置された洗面台に行き、鏡に顔を映して、もう一度、冷静になるべきだと考えた。
鏡に映る自分の顔は、相変わらず真っ青で、そして酷くむくんでいた。まるで他人の顔だ。伸びきった髪も、いつの間にか水分を失いバサバサで、白髪も増え、ずいぶん量が少なくなったような気もする。肌はくすみ、目の下のクマは濃かった。いかにも重病人というか、はっきり言って、羅生門の老婆だ。絶句した。倒れてはじめて、心の底から私は思った。今まで全力疾走しすぎていたのではないか。それも効率のとても悪い感じで。