鮫島さんの婚礼の日に撮られた一枚

「女心ってそういうものなのか、よくわかった」

42年に女子学習院の高等科を卒業した私は、翌4月に岩倉具視の曾孫にあたる鮫島員重と結婚します。日本は戦時下。すでに配給制が始まっており、物不足の不自由なときです。私は鮫島家の嫁として夫を支え、居心地のいい家庭を作ろうと一所懸命でした。

しかしその矢先の9月、父が55歳の若さで亡くなってしまったのです。鮫島家は二代続く海軍の家でしたが、夫は近視のために軍人になれず、サラリーマンの道を歩んでいました。鮫島家が私を嫁にもらった背景には、実業界で活躍する父の存在がプラスに働いていたことでしょう。

夫に申し訳ない気持ちでいっぱいになって、それでお葬式の後、「お父様のこともあってもらってくださったのでしょうに、申し訳ありません」と謝ったら、「そんなことはない。そんなふうに考えるな」と叱られてしまいました。

長い結婚生活のあいだには、万事夫の意のままに、というわけにはいかないことも起こります。話し合いを持とうにも、夫は毎晩夜中に疲れきって帰ってくる。そこで伝えたいことがあるときには、手紙に書いて夫の枕元に置くようにしました。

最初に書いた手紙のことはよく覚えています。夫の尊敬する上司が30代の若さで亡くなられたとき、最後までご家族の力になったのが夫でした。

上司への尊敬からの行動でも、奥様にしてみれば親切な男性ですから、何かにつけて頼られる。誠心誠意応えているうちに、親しくなっていくのは当然でしょう。それで手紙を書くことにしました。感情を抑え、ユーモアも交えて語りかけるようにしたのです。

枕の上の手紙を見つけた夫は、目を通し、「女心ってそういうものなのか、よくわかった」と言ってくれました。こうして手紙で伝えて、理解し合ってきたからでしょうか、結婚生活を通して一度も言い合いをしたことはありませんでした。