私の名である「タケル」をさしあげたい

「席を同に」するという「席」は、寝床であったかもしれない。いっしょに寝ながらのペッティングだったのだろうか。ともかくも、川上タケルはオウスノミコトを「戯れ弄」った。だが、そういうことをすれば、すぐ相手は男だとわかったはずである。にもかかわらず、川上タケルは夜ふけまで、愛撫をつづけている。

川上タケルには、少年愛の性癖もあった。だから、男だと気がついたあとも、女装のにあう少年にじゃれつづける。と、そう『日本書紀』が、書ききっているわけではない。だが、以上のように読みこむ余地は、じゅうぶんある。

ざんねんながら、この箇所に深くわけいった国文学の研究はない。つつしみ深い学徒たちは、見て見ぬふりをしているのだろうか。私も、今のべた読みときにこだわるつもりはない。しかし、この解釈も否定しきれないことは、ひとことことわっておこう。

深夜にいたり、川上タケルは酩酊してしまう。あたりには、もう人がいない。ころあいを見はからって、オウスノミコトはかくしもった剣をとりだした。そして、川上タケルの胸をさしている。女装の皇子は、こうして自分の「容姿」におぼれた敵を、うちはたす。

絶命する前に、川上タケルはたずねている。あなたは誰なのか、と。問われてオウスノミコトは、愛撫をつづけた族長に、こうこたえた。自分は景行天皇の皇子、ヤマトオグナである、と。

感じいった川上タケルは、皇子につげている。あなたのような人とは、はじめてあった。ぜひ、私の名である「タケル」をさしあげたい。うけとってくれ、と。この申し出を皇子は受諾した。その直後に、より深く族長の胸をつき、とどめをさしている。

オウスノミコト、ヤマトオグナは、ヤマトタケルとよばれている。それは、川上タケルとの約束に由来する。敵将のタケルという名を、ヤマトの皇子がひきつぎ、その名になった。以上のように『日本書紀』は書いている。

たわむれあった美少年に、自分の名前を進呈する。臨終のまぎわに、同じ名を名のってほしいと、たのみこむ。私はそこに、同性愛的な情熱の高揚を感じなくもない。しかし、そう論じた学界報告は皆無である。私も、きめつけることはひかえたい。