またとない親友どうしのような

そのころ、ショーケンがよく人に、アナキストで関東大震災の時、妻の野枝と憲兵隊に殺された大杉栄(さかえ)を、演りたいと話しているという噂が、伝ってきた。大杉栄のことは、あの対談の時、最も時間をかけて、私が彼に話したことだった。

【写真】当時30代後半の萩原健一さん。1987年11月撮影(『婦人公論』1988年1月号より)

「ぼくは、小学校の時からなまけ者で、漢字、ほとんど、知らないので本が読めないんです。でも女房がセンセの本のファンで、ずいぶん読んでいます」

結婚は何度かして、恋愛沙汰は数えきれない程だとは、もう私も識っていた。今の何度めかの美人妻との結婚写真も、週刊誌で見た覚えがあった。

そんな話も出た後で、私はふと、このおとこがフリーラブの理論に足をすくわれ、日蔭茶屋で、神近市子に刺されて死にかけた大杉栄を演じたなら、適役だろうという想像がひらめいた。あの対談の時、聞いているのか眠っているのかわからなかったけれど、この話だけでも覚えていたのかと、私はいくらか心が軽くなった。

彼の演技は、テレビでしか、しらなかった。

一度だけ、私の短篇小説をテレビで扱った時、美人の大女優の演じる年上の女の、若い情人役になったショーケンが、台本にもない情交の場面をつくり、女のローズピンクのパンティをキャップのように頭にかぶり、ふざける場面を演じた。その場面が思いがけない説得力を見せ、好評だったことがあった。

あれから五年経っていても、私の彼に関する知識は一向に深くも広くもなっていなかった。

五年前と同じ座敷の同じ位置で向いあうなり、またとない親友どうしのような雰囲気を、両方で造りあげるのだった。